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LOVE HOLIC

少しでも楽しく生きるために

プライドを捨てる

会社の仕事がだんだん回らなくなっていった時期がある。アウトプットよりも圧倒的に多いインプット。膨れ上がった負債を少しでも減らすために、とにかく目の前の仕事を片付けるしかなかった。それでも仕事が積み上がる速さは増していき、自転車操業が続き、とうとう持っている仕事の量も進捗もわからなくなってしまった。

こんなことになってるなんて誰にも言えない。
無能だと思われてしまう。
期待してくれている人達に応えられない自分が情けない。
毎日薄氷を踏む気持ちで冷や汗をかきながら出勤していた。

しかしその負債が白日に晒される時がきた。後任者に引き継ぐことになったのだ。
自業自得ではあるが、彼らから毎日責められたのは辛かった。
どんどん追い詰められていった挙句、事態はひどくおおごとになって終わった。

プライドなんか捨てて、できない、わからないと言えばよかった。
無責任に聞こえるかもしれないが、できなくても、わからなくても、いいんだ。人間の能力には限界があるのだから。
できない時にできないと言える勇気を出したら、未来は変わったはずだ。

やりたいことがなくてもダメじゃない

子供の頃からやりたいことがなかった。
小学生の時なりたい職業は通訳とか言ってたけど、本気でなれると思ってなかった。世間受けが良さそうな職業を言ってただけだ。

口癖は「どっちでもいい」。
本当はどっちでもよくなかったのだが、考えたり相手を説得したりするのが面倒くさすぎて、選ばないことにしていた。

とにかくダルかった。やる気なんてなかった。やる気を出して何かを頑張って、それで何が得られるんだろう。本気でそう思っていた。

今もやりたいことはない。毎日流されて生きている。
そういうのはいけないと思って、何か見つけなくちゃと焦っていた。本当にやりたいことを思いつかない私はダメなんだと思った。

でもダメじゃないんだ。それでもいいんだ。
思いつかなくても、流されても、時間は過ぎていくし、その間に毎日無数の選択をして行動しているのだから。

やりたいことがある人は、それに向かって人生を逆算して行動を決めたらいいだろう。
でも、流されて生きるのもありなんだ。
流されることは、能動的に選ぶのと同じで、選択肢の1つなんだから。

なりたい職業がなかった私は、いま働いているし仕事が嫌いではない。
幸運なのかもしれないが、私が毎日してきた小さな選択と行動が積み重なった結果、こうなっているのだ。
結果として、私のオリジナルの人生ができている。

人生は、意図して作るものだとは限らない。
毎日の選択と行動の結果としてできるものなんだ。

オリジナルの悩み解決法

数年前から心の不調が辛かったので、いろんな本を読み漁った。カウンセラーやスピリチュアル系のブログも読みまくった。
今の時点での結論。
対処法は人によって違う。だから、人の書いたものは単なる参考で自分に完全には当てはまらないし、人のをそのまま取り入れない方がいい。

自分の経験からいうと、依存しやすい性格で本やブログを参照すると、次第にそれに依存していく。
結局、依存対象が元々ハマっていたものからブログ等に変わるだけで、依存先を渡り歩くことになる。

とはいえ、ハマってるかどうかは、体感でしかわからない。
やってみて、時々ハマりながら、ハマってると自覚する時を待つしかない。

依存を弱める

以前のブログで、依存しがちな人が自立寄りになるためには、依存先を増やすことだと書きました。
依存先を増やすという方法は他の方のブログにも時々書かれています。

でも、それはとても難しいことなのです。超依存の私はそう思います。
依存している対象以外に興味なんて持てません。そんな簡単に興味が広がるなら、それは自立寄りであって依存ではありません。

どうしたら他のことに興味を持てるのか、それを知りたいのですが、残念ながらその方法を書いているものをまだ見つけていません。

私も解決法を探している途中ですが、ただ1つ言えることがあります。時間が経過するといつかは興味が広がるということです。
私は何年も人に依存していました。常に失う不安でいっぱいになり、生きているのが辛く、死のうとしたこともあります。
でも、そこから抜けるために本やブログを読み、一時的に何かにハマり、もがきながら少しずつ依存が弱まってきました。
今も他人の言動によってすぐに感情が揺れます。でも死んだ方が楽とまでは思いません。
それぐらい少しずつですが、だんだん楽になることはできます。

依存で苦しんでいてこれが目にとまった方へ。
少しずつ楽になりますから、苦しい時をなんとかやりすごして生き延びて欲しいと思います。

なりたい自分になる

今の自分じゃダメだ、そう思って、心理テストをして向いている職業を探したり、雑誌の占いページをみたり、急に習い事を始めてみたり。少しの間満足するけど、すぐに戻ってしまう。
焦燥感にかられながらも、何をしたらいいのかわからないし、何かしても続かない。
そういうことはないでしょうか。
私はずっとそんなことを繰り返してきました。

また、私は愛されたいと思う気持ちが強くて、いつも何か足りない気がしていました。
「なぜ私は愛されないんだろう」っていつも考えてました。
ある時ふと「どういう人なら愛されるのか」という視点で考えてみました。
答えは、優しく美しくなんでもできるのに控えめな人。自分にとって完璧な人間像でした。

あー、私は自分に欠けている部分や過剰な部分を埋めたり除いたりして、完璧な人間になりたいんだな。そう気づきました。
他の人の理想がどんなものかわからないけど、おそらく今の自分に何か足したり引いたりした「完璧な自分」じゃないでしょうか。

でも、自分を完璧にしようとするのは、追いかけても掴めない虹のようなものです。要するに無理ゲーです。
完璧な人なんて存在しないからです。

他方、今の自分がこういう人間であるということは、動かしがたい事実です。
それなら、自分にできることは、今の自分が次にどんな行動を選ぶか、それだけじゃないでしょうか。

理想像がある人は、そうなるには何を選択するのかを考えて行動するのもいいと思います。でも無理ゲーだからなれなくてもいいんです。
理想像が明確ではない人は、選択や行動によって、何が起きるかを楽しめばいいのだと思います。

これを読んだ方が毎日を楽しく過ごせますように。

依存は悪か?

私は超依存症です。人や心理ブログや恋愛などに依存してきました。今も依存してます。
いつも不安で苦しいです。
5年間ぐらい解決法を探したけど、なかなかこれだというものがないので、依存について書いてみます。

まず、依存とは何か。
本やブログを読んでしっくりきたのは、他人や物事に心が影響を受けやすい、ということです。いわゆるハマりやすいってことだと思います。

次に、何に依存するのか。
よく言われるのは、恋人、恋愛、ギャンブル、酒、仕事、買い物などです。でも、たぶんあらゆる人や物事だと思います。問題にされにくいこと、例えば、スポーツ、アウトドア、読書、映画観賞、音楽観賞といったものも、ハマりすぎると依存といえると思います。

では、よく依存と対比される自立って何なのか。
おそらく依存の対義語で、自分以外の何かから影響を受けにくいことかと思います。夢中になりにくいとか、感情の起伏が小さいとか。

じゃあ、依存は悪いことなのか。
自分が依存するからか、自立は良くて依存は悪いというイメージを持っており、依存を弱める方法としてよく言われる「ありのままの自分を受け入れる」ができなくて困りました。依存という悪の自分なんて受け入れられませんから。
でも、依存は悪ではないんです。完全に自立した人間はいませんから、依存は多かれ少なかれ誰にでもあります。また、物事には必ず良い面と悪い面があります。
依存があるから苦しいのではなく、依存が多めだから苦しいわけで、バランスの問題ですね。

そして、依存しがちな人が自立寄りになることはできるのか。
自立寄りになるために、自立についてもう少し掘り下げてみましょう。
自立がちな人がどうやって物事から影響を受けにくくしてるのか。元々の性質もあるかもしれませんが、何かのブログで読んだ「依存先がたくさんあるから」というのがしっくりきました。自立する人は広く浅く依存してるから、相対的に影響を受けにくくなります。例えば、恋人とケンカしても趣味のサイクリングをしてスッキリするとか。
それに対して、依存する人は対象を絞って深く依存するから、依存先の1つから受ける影響は大きくなります。恋人とケンカしたら気持ちを切り替える他の手段がないとか。
依存する人は、興味の対象を増やせば、自立した人に近づくと思います。

最後に、依存対象以外に興味を持てるようになるには。
難しいと思いますが、不可能ではありません。
すぐには無理でも、あがいているうちに必ずチャンスは来ます。

後悔しない方法

何かをやっちゃって、もしくは、何かをやらないで、後悔することは誰にでもある。
後悔して震えたり眠れなかったり悔しかったり。

でも、その回数は格段に減った。一瞬で忘れるものを除けば、年に2、3回だろう。


後悔ばかりだった私が後悔しなくなった転機のことを書こうと思う。


20年ぐらい前のことだと思うが、成田美名子さんの「アレクサンドライト」という漫画を読んだ。

ニューヨークの大学生である主人公のアレックスは、幼い頃に父親と生き別れた。
父親は母親と幼いアレックスを置いて、祖国のギリシャに帰った。
その父と再会したアレックスは、父からギリシャに来ないかと言われ、ギリシャに行くかニューヨークに残るか迷う。
迷うアレックスに対して父親は言葉をかける。
「どっちを選んでも後悔するぞー」(行き回しは忘れたが、こんな感じだった)
ふざけた言い方だったが、それを聞いてアレックスは決心する。


その時なぜか私も決めた。
自分の性格からすると、確かに、どっちを選んでも後悔するだろう。
それなら、できるだけ後悔しない方を選択するように全力を尽くそう。
そうしたら、もし後悔するときが来ても、あの時のベストな選択だったと思えるだろう。


それ以来、大きな選択、結婚とか重要な仕事とかは、あの言葉を思い出す。小さな選択をする時はたぶん無意識に思い出してるだろう。

今あなたが後悔してるなら、あの時にベストを尽くしたかを考えてみてほしい。